いつでも微笑みを

体を壊してやりたいこともなくなってしまったから、自分が思っていることを伝えたいことをとりとめもなくかいていくよ。

【生きるための清涼剤】また、同じ夢を見ていた/住野よる【読書感想】

「私はね、お嬢ちゃん。嫌なことも、苦しいことも、諦めてしまう大人になっちゃったんだ。前は誤魔化してしまったけど、私は、幸せじゃなかった。幸せの形がどんなものなのかも、もう忘れちゃってたからだ。だけどね、私は、今日やっと思い出した。幸せの形を」

 

あらすじ

 学校に友達がいない“私”が出会ったのは
手首に傷がある“南さん”、とても格好いい“アバズレさん”、
一人暮らしの“おばあちゃん”、そして、尻尾の短い“彼女”だった――
きっと誰にでも「やり直したい」ことがある

 

公式サイトより 

 

この作品を三行でまとめると

  • 幸せは歩いてこない。だから歩いていくんだね
  • 人は一人では生きていけない
  • 相手の気持ちに寄り添う大切さ

 

感想

 小学生の奈ノ花が国語の授業で「幸せとはなにか」を発表することになり、それを「南さん」、「アバズレさん」、「おばあちゃん」の3人を通じて探していくお話です。

 読み始めて驚いたのはこの本がまるで小学校低学年向けの童話のような文体で書かれていることです。とても柔らかい文体はとても優しくて心地よく、普段小説を読まない人でも心地よく読み進めることが出来るのではと思います。

 この物語の主題は「幸せとはなにか」ということと「人との関わり方」といったことです。

 幸せの形ってどんな形だと思いますか。丸いかたちですか。四角いかたちですか。ハートのかたちですか。100人に聞いたらきっと100人が違うこ答えをもってるのかなと思います。なぜならば、幸せはの価値観は人それぞれであり、他人の幸せが必ずしも自分の幸せに当てはまるわけではないからです。これって誰も答えることの出来ない人類の永遠のテーマなのではないのかなと私は思います。本書では「幸せは歩いてこないだから歩いて行くんだね(三百路十五歩のマーチ)」という歌が頻繁に出来ます。さらには「人は誰でも幸せ探す旅人のようなもの(銀河鉄道999)」とあるように、待っているだけでは決して幸せにはなれません。だから自分から掴みにいく。それは永遠にゴールのない旅のようなものなのです。この本ではそんな不確かな物に対するひとつの答えを読者に提示しています。

 また幸せと必ずという程セットになるのが他人との繋がりだと私は思います。なぜなら幸せは一人で成し遂げることが出来ないからです。奈ノ花はクラスメイトが賢くないから好きじゃないとよく口にします。なのでクラス全員から無視されたときに誰とも関わらずに生きていくとアバズレさんに話します。それは駄目と奈ノ花さとします。他人を馬鹿にしている人が好かれるはずが無いとも。私はアバズレさんのこの台詞がとても好きです。

 誰だって「ありがとう」とか「好き」と言われれば嬉しい物です。それは一人では味わうことが出来ないことです。些細なことと思うかもしれません。しかしそんな些細なことを感じることの出来ない人生を想像してみてください。とても不幸なことだと思いませんか。だから私は、誰とも関わりたくないなんて言わないでほしいと思ったアバズレさんの言葉が響きました。

 印象に残っているシーンは引きこもってしまった桐生君に正面からぶつかっていく奈ノ花のお話です。奈ノ花ははじめなぜ桐生君が絵を描いてることを恥ずかしがったり、きちんと主張しないのか理解が出来ません。しかしアバズレさんやおばあちゃんの話を聞いて人に寄り添うという気持ちを理解していきます。そうして奈ノ花は桐生君と仲直りをします。価値観や感覚もやはり人それぞれです。そういった他人と付き合って行くには自分の価値観、感覚を押しつけるだけでは駄目なのです。他人に心を開いてほしければ歩み寄ることが必要なのです。もちろんそれでも駄目なときもあると思います。しかし最初から駄目だと思っていたらどんなことだってうまくいかない。私はそう強く思います。

まとめ

 私は天邪鬼なので「君の膵臓をたべたい」を読んでいません。しかしこのお話を読んで住野よるさんの他の作品を読んでみたいと思いました。この物語には生きていくために必要な大切なことがたくさんつまっています。読み終わったあとはとても優しく、穏やかな気持ちになれます。日々のくらしに疲れてしまったら、この本を手に取ってみてはどうでしょうか。幸せは毎日の小さな積み重ねなのかもしれませんね。

 

幸せについてはこちらもどうぞ。

www.ritzberryfields.com

 

 小説が苦手な方はコミック版を。